「今日、道中で杉権大事からの緊急の手紙を受け取った。三条公岩倉両公の命により、長松少辨が日田へと派遣されるという。晴れ。来客で賑わっていた。十一時頃に出立。岡義右エ門の案内で、七八人の付き添いと共に矢島半平宅へ向かう。二時頃にそこを発ち、八時前に山口に到着。久保と柏村を訪ね、片山の所で山縣、正木、坪井、井上に会った。中村屋に宿泊。今日、井上世外(馨)から三条公の手紙を受け取った。勅使の堀川卿がお持ちになられたらしい。記、吉富簡一と平岡平吉からの手紙も届いた。」
2021/06/18
2021/01/13
明治三年十一月二十三日 (1871/1/13)
「晴れ。十時に参朝、退出後、正親町三条卿亭で会談。五時に帰宅。夜には斎藤新太郎、吉富藤兵衛(簡一)、福井順道、河瀬県知事(秀治)が来訪。」
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吉富は同じ湯田出身である聞多の幼馴染だ。昨年山口での反乱の折には私の脱出を助け、更にその鎮圧に成功した有能な男であった。私は後に彼を岩倉使節団に推薦したが、彼はこれを断り山口に残った。聞多・俊輔・山縣とは一生涯の盟友で、彼等が中央を、吉富は地元の政治基盤を掌握していた
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明治四年五月十三日 (1871/6/30)
「晴れ。十一時頃に一時の豪雨と雷鳴。安玄佐とその倅が来た。井上世外が話しに来た。先日話した藩の会計局の一件や、その他の件の評議は先延ばしにされたようだ。十年後に待ち受けている大いなる災いが見えている者達はほんの一握りしかいなく、多くの役人達は目の前の問題に対応するのみだ。私はこの...
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「雪舞うこと花咲くが如く。ここ十七年のうちでも一番に寒い冬だ。十二時に、両公が勅使の滞在している旅館で晩餐会を開かれ、私も参席した。三時頃に廣澤の家に行き、次に湯田で大久保に会い、九時過ぎに宿に戻った。来客が引っ切り無しで非常に忙しかった。」
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「晴れ。内海と他の者達が訪ねて来た。私は二時過ぎまで布団の中で過ごした後、諸氏と散歩に行き、歯科医のエリオット先生を訪ね、その後プロイセン公使を訪ねた。公使とケンパーマンには長州公からの贈り物である漆器と縮緬をお渡しした。今日はプロイセン皇帝の誕生日だそうで、また戦勝記念日でもあ...
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「晴れ。朝から各所より来客あり。近頃、湯治に来ている肥後の人間が一二名も話をしに来た。十一時過ぎに杉を訪ね、一緒に政廟に出仕、血気盛んな若者達の問題について議論した。五時に退出し、湯田で岩倉卿との謁見し、大久保と会った。帰り道に西郷を始めとした今回山口城に入城した人々を訪ねた。皆...
