「雨、今日は勅使が藩官をお訪ねになり、従二位の毛利公が勅許を拝命した。その後、勅使一行は豊榮神社にお参りになり、刀剣を奉納した。甥の和田芳助が訪ねて来た。夜、坪井、長屋、山縣、正木、国重が飲みに来た。今夜、私は二人の毛利公に会いに政廟に向かった。天下の大勢について論じ、薩摩藩の考えを伝え、夜になる前に退出。両公とも私の考えに賛同なされ、私は感涙溢れるばかりであった。」
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豊榮神社は長州の祖である毛利元就公を祭神とした祭っており、元は宝暦十二年(1762年)以来の神社なのだが、天皇陛下に『豊榮』の神号を賜ったのはつい最近、明治二年のことであった。此度の勅使の一環として岩倉卿に刀剣を奉納頂き、またこの年後半に、現社殿への遷座が行われた
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