2021/05/08

明治四年三月十九日 (1871/5/8)

「晴れ。舟木を九時に出発。内藤玄泰、……、大庭父子が宿幡まで私を見送りに来た。一時頃に小群の小泉屋で昼食を取り、四時過ぎに湯田に戻った。温泉に浸かり、黄昏時に宿の中村屋に帰った。妹の治子を始めとした数名も、中村屋に滞在していた。夜、大津の所に行くと、山縣弥八と片山一家も同席していた。記、北川が小泉屋まで話しに来て、関門内まで私に同行見送りに来た。」

0 件のコメント:

コメントを投稿

明治四年五月十三日 (1871/6/30)

「晴れ。十一時頃に一時の豪雨と雷鳴。安玄佐とその倅が来た。井上世外が話しに来た。先日話した藩の会計局の一件や、その他の件の評議は先延ばしにされたようだ。十年後に待ち受けている大いなる災いが見えている者達はほんの一握りしかいなく、多くの役人達は目の前の問題に対応するのみだ。私はこの...