「雨後晴れ。朝の内に手紙を認めた。青甫の叔母……が訪ねて来た。私達が一時に出発する前に、一家が集合し談笑した。半左衛門の孫、寛二郎を是非教育の為に東京に連れて行きたいと思い、彼の父源蔵とその約束を交わした。寛二郎はまだ僅か四歳だ。五時過ぎに深川に到着し、大谷鉄之進の所に泊まった。松と正二郎は先に着いていて、この宿に泊まっていた。内藤元泰と……末吉もこちらに滞在している。鹿島正右衛門の部下が私を見舞いに来た。下関の大吉も来た。記、今日再び、あの子無しの御老人に逢ったので、幾許かの資金を渡した。こうして民間の実情を目撃するに、藩政の至らぬところも少なくない。官たるもの、時折民間の事情を熟視すべきだ。」
2021/06/07
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明治四年五月十三日 (1871/6/30)
「晴れ。十一時頃に一時の豪雨と雷鳴。安玄佐とその倅が来た。井上世外が話しに来た。先日話した藩の会計局の一件や、その他の件の評議は先延ばしにされたようだ。十年後に待ち受けている大いなる災いが見えている者達はほんの一握りしかいなく、多くの役人達は目の前の問題に対応するのみだ。私はこの...
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「晴れ。内海と他の者達が訪ねて来た。私は二時過ぎまで布団の中で過ごした後、諸氏と散歩に行き、歯科医のエリオット先生を訪ね、その後プロイセン公使を訪ねた。公使とケンパーマンには長州公からの贈り物である漆器と縮緬をお渡しした。今日はプロイセン皇帝の誕生日だそうで、また戦勝記念日でもあ...
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「雪舞うこと花咲くが如く。ここ十七年のうちでも一番に寒い冬だ。十二時に、両公が勅使の滞在している旅館で晩餐会を開かれ、私も参席した。三時頃に廣澤の家に行き、次に湯田で大久保に会い、九時過ぎに宿に戻った。来客が引っ切り無しで非常に忙しかった。」
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「雨。骨董屋の大吉、播吉、山中屋が来た。今回蒐集したのは古銅の釣瓶、古銅の香炉、古染付の花瓶、小切二枚を合わせた山湯高濱の掛け軸であった。世外(井上馨)と素狂(山縣有朋)に手紙を書いた。吉井源馬と山田市之丞(顕義)が来た。宗像宗十郎と大岡大眉も来訪。四時前に藩邸前から舟に乗り松...
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