「小雨。十時に湯田を離れ、一時頃に勝坂……に着き、休みながら昼食を食べた。ここでは杉遠邨が私を待っており、そこから共に三田尻部署まで下山した。貞永幽之助を訪ね、九時に問屋口の竹内素助に会い、夜はそこに泊まった。岩倉卿は昨日か今日到着する予定であったが、まだ到着したとは聞いていない。記、貞永の山根秀策に会い、話をした。」
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貞永は三田尻で塩等を取り扱っていた豪商一族で、献金等での藩への貢献も目覚ましく、その縁から聞多や私はよく出入りしていた。慶応二年の暮れ、私が英国キング提督と両公の会見を手配した際にも、貞永に相談して隼太邸を使わせてもらったのであった。我ながら上出来な饗宴であったと自負している
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