「晴れ。吉井源馬が来た。大久保と西郷が話しに来た。私は心の内を打ち明け、不覚にも泣いてしまった。涙に胸がつまり、言葉が出て来なかった。この二三年、我々は時代の流れに取り残されぬよう千苦万辛の思いで頑張ってきた。しかし万事が上手くいかず、人心の不興を買ったのみだ。過去二十年間を安穏の内に過ごしてきた官員達も、僥倖を以て、今は親政府で働いているが、彼等はこのような辛苦を味わったことがなく、重要な案件について間違った選択をしてしまうことが多々ある。誠に遺憾だ。安場と大田黒が話しに来た。彼等の地方(肥後・熊本)に出兵するという御沙汰があったらしく、大久保と私に会いに来たのだと言う。二人はこの決定に大いに反対し議論を展開した。二人とは神戸で会った。私は杉と東京に向かう手筈であったのだが、この出兵云々の議論のため、ここに留まることにした。記、今宵、大久保と西郷に会いに行くにあたり、護衛にうんざりしていたこともあり、私は兵隊達に何も言わずに出てきた。彼等はしばらくして西郷の部屋まで私を探しに来た。」
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太田黒は明治九年『神風連の変』の首領だ。彼は国学と神道を学び、尊王攘夷に傾倒し、神官となった。国を憂いる心は本物であったが、政府の欧化政策に同調できず、廃刀令をきっかけに決起し、僅か百七十人で熊本鎮台を攻めた。内、彼を含めた八十人超が自刃して果てた……
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